時々買い物/金継ぎ
私はわりと未練なくモノを処分できるタイプだと思う。
子供の工作物や書いたモノ、
メモ程度のお手紙なんかは溜めることなく破棄するし、
あまり着なくなった洋服や持ち物、
一度読んでもう読みかえすことはないなと思った本、
持っているけど今の好みと違う食器など、
壊れて使えなくなったモノでなくとも今の自分や生活には不必要だと思えば、「ありがとう」という気持ちで手を合わせ 気持ちよくお別れができる。
日々の生活は何かしらモノが入ってくることが多い。
処分するということを意識しないと一向にモノが増え続け、片付けが追いつかない、ただわたしは決して断捨離推進派でもミニマリストへの憧れからモノを処分しているわけではない。むしろ収集癖の方が強いタイプ、且つ出来れば確実に不要だと判断できないグレイゾーンは全て一旦保留にはしておきたい。でも、そんなことをしているとモノが永遠に増え続け、ただでさえ自営業をしながら家事と育児で忙殺されている日々なのに、生活がますます立ち行かなくなるので、定期的に処分することを意識せざるおえないのである。
そんななか、欠けて壊れたままのピッチャーを2つ 長い間そのままにしていた。
それぞれ、イタリアで生活していた頃に蚤の市で買った。
花柄のピッチャーはリチャードジノリの50,60年代のモノ(らしい)、
当時の私はリチャードジノリの古物にハマっていたこともあり、見たことのないバッグスタンプ(年代によって違う印字)を見つけては買い漁っていた。そもそも花柄ピッチャーは購入する時点で上部分が欠けていたのだけれど、使用目的での気持ちは薄く、どちらかというと手に入れたいという気持ちが強かったので欠けていることは気にもしなかった。
もう一つの馬の絵柄のピッチャーはそんなに古くはなく、年代的には80年代くらい?と売り手の方が話していた。こちらは手に入れてからはイタリア生活でもずっと使い続けてきたモノなのでかれこれ12年以上のお付き合い。コーヒー、紅茶、ハーブティー、麦茶、たまにサングリアとか入れたりなんかして、サイズ感も大き過ぎず小さ過ぎずでちょうど良く、ほぼ毎日使っていた。が、ある日突然、夫がいつものように使おうとした時に取っ手を持った瞬間にポロッと取れた。
欠け程度はまだしも、取っ手が取れたりもしているので使用するには無理がある..
でも思い入れがあるし気に入っているから捨てたくない。
そう、”捨てたくない”とはっきり思える2つのモノを所有している。
だから縁あって金継ぎをしてくれる方が見つかった時は、ホッとした。
今回、お願いしたのはツギーツクローイのぽんぽんさん。
漆を中心とした素材で繕い、金粉や真鍮粉を蒔いて仕上げてくれた。
さらにいうと、割れの部分は小麦粉を少量の水で練って漆と混ぜて接着するらしく、それを「麦漆」と呼ぶのだとか。
依頼する際に、修繕方法の説明を受けたのだけど、「麦漆に使う小麦粉にこだわりはありますか?」と彼女に聞かれた。
どういうことだろう?と一瞬キョトンとなった私にすかさず彼女は「これまで預かった方々は、パン屋さんやピザ職人の方もいて。その方達がそれぞれに使う小麦粉から分けていただき麦漆にしました。パンで使う小麦粉、ピザで使う小麦粉を混ぜてそれぞれお直ししたんです」と教えてくれた。
なるほど。
それじゃぁと、私は自分のお店で使っているイタリア産の00粉を預けた。
手元に帰ってきた子達(ピッチャー)を見て、彼女のお仕事って壊れた部分をお直しする/修理するという表現では全然足りないような気がした。
新しい作品になって生まれ変わった感覚もありつつ、やっぱりこれまでずっと側で寄り添ってくれていたあのフレンドリーさは残してくれて、なおさらに愛おしさが増す感覚。
物質的に素敵だなと思うモノを手に入れた喜びもあるけれどそれ以上に、感性や感度を上げてくれるような体験価値があった。
人生初の「金継ぎ」というお買い物。










